戦後っ子ものがたり

「戦後っ子ものがたり」投稿記事バックナンバー集

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もくじ

「『戦後っ子ものがたり』ページ」について

「『戦後っ子ものがたり』ページ群」には、
HTMLファイルで作られた静的なサイトをワードプレス版サイトへと移行させるにあたって、「習作的なサイトを別に作って『作成と運用面での技術を習得すること』についての必要性」を感じたために設けた、
戦後っ子ものがたり」と称するサイトへ2017年の6月から投稿してきた記事を掲載しています。

実は、ごく最近まで「東日本大震災の被災体験記」と「『(政界・経済界・官界・労働界でご活躍中の方々の思考や行動などを垣間見たり、その他各界の方々が目の前でなされた講演・講話を数百本お聞きできた)一人の戦後っ子』の覚書」とは分けて運営していくべきものと考えておりました。

が、2019年12月上旬にNHKが総力をあげて放映した「体感 首都直下地震ウイーク(リンク先:Nスペ「シリーズ 体感 首都直下地震『プロローグ あなたは生きのびられるか』」)」に連日出演されていた方々の中の最年長世代に属するテリー伊藤さんでさえ、
(太平洋戦争中の米軍による空爆で開戦時の20分の一の経済力になった我が国産業・経済・社会の中で「生活再建」に取り組む市井の人々の姿を目にされていないのですから無理もないのですが)、
「『(”天災”であれ”戦争”であれ”疫病”であれ)膨大な数の人々の”日々の生活”と”その後の人生”を左右する事態が突発する可能性』について現時点でイメージを持たれていないし、起きた時への個人としての備えはほとんどなされていない」とよくわかりましたので、
「『(例えば”南海トラフ地震の前兆臨時情報”の発表のような)緊急事態』に直面されられたときに物心両面で備えのできている人々がお一人でも増えますように」という願いを込めて、「『戦後っ子世代の一人が実際に見聞きし感じたことについての覚書』である『戦後っ子ものがたりサイト』の本サイト内への収納」に大きく舵を切ったことによるものです。

なお、「投稿記事一覧」にはありませんが、「『戦後っ子ものがたり』サイト」には次のような「サイト開設の狙い」と「著者の紹介」とを掲載しておりました。

「未来予想」のお役に立てれば
国内でも海外でも多くの人々が「いま起きていること」と「これから起き得ること」についての情報をネット配信で知る時代に変わってきました。
スマホのディスプレイ上に最新のニュースが届いた順に表示されるメリットは多くの方が実感されているところだと思いますが、他方、
閲覧したタイミングや閲覧する人の好みによって読む記事が違ってきますし、新聞紙上では目立つ位置に置かれている解説・Q&A・コラム記事もワン・オブ・ゼムの扱いですので、
重要なニュースが軽く受け止められてしまう可能性が高まってきたことも否定できない事実でしょう。
テレビで活躍されている専門家の方々のような「突発した現在進行形の事態を読み解く取材・分析能力」は持ち合わせていませんけれども、
ネットサーフィンの途中で立ち寄られた方に「『いま起きていること』と『これから起き得ること』への対応策が書き残してあった」と思っていただけるようなコラム記事を
「これまで見聞きしてきたもの」を土台として書いていけたら、と思っています。
書いている人
「東日本大震災被災体験記」のサイト管理人です。 仙台市生まれ仙台市在住の一被災者に過ぎませんが、「政策秘書制度」が無かった時代に十数年間国会議員の政策秘書を務めた経験を持っています。 土光・経団連会長と大平・自民党幹事長とが出席されている政財界人の朝食会で「事務局案」を読み上げさせられた場面など思い出すことは数多くありますけれども、共通して思い出されるのは「戦中・戦後の大混乱期に各分野で実務者だった方々は、『物心両面でのご苦労を重ねられた結果、仰ぎ見られるポジションにつかれた後も、傷ついた人々の心をわが事として捉える力を身に着けておられる』という所作・言動からにじみ出ている何かを気付かせてくださっていた」ということでした。 「その昔見聞きしたもの」の中にある「人々をいま取り巻く環境の変化(=不安材料の増加)への対応策などに思いをはせる際のヒント」をこのサイト内に書き込めると良いのですが...

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「戦後っ子ものがたり」投稿記事テーマ一覧

新しいものから過去にさかのぼるかたちで以下にこれまでの投稿記事一覧を掲げますので、
ご関心をお持ちの記事テーマがございましたらご参照ください(14本)。

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