イチロー選手とダライ・ラマ法王

シアトルの野球場(Safeco Field)

シアトルの野球場(Safeco Field)

GMが「イチローはダライ・ラマのような存在」と発言

2018年5月3日(現地時間)に、シアトル・マリナーズ球団から、「イチロー外野手の少なくとも今シーズン中の現役引退とフロント入り」が発表されました。

そこで、球団公式サイトにある同日付のプレスリリース「鈴木一郎外野手が新たな役割に移行。今日から特別補佐として働く」に当たってみると、そこには「『発表の要旨』と『ディポトGMの記者会見での発言内容』と『イチロー選手の日米プロ野球界での特筆される戦歴』」が記されていました。

このうち「発表の要旨」にあたる部分に書かれていたのは、(いろいろなメディアが報じているとおりで)、「イチロー外野手は『今日から会長付特別補佐に移行する』『ホームと遠征先で活発なプレゼンスを維持していく』『球団のスタッフと協力して仕事をするだけでなく、外野でのプレーなどをめぐって選手たちを支援・指導する』『この新たな役割を果たすことは今シーズン中の選手復帰への妨げになる』」という趣旨のことでした。

また、「ディポトGMの記者会見での発言内容」にあたる部分に書かれていたのは、
(いろいろなメディアが報じている「『イチロー選手は球団との生涯契約を結んだ』、ディポトGMは『彼はダライ・ラマのような存在だ。みんなが教えを請いにいくという意味で。』とも述べた」というくだりこそ含まれていませんでしたが)、
「『イチローがこのチームにもたらしたすべての価値を引き留めたいと思っています。この新しい役割はそれを達成させるための一つの方法です。と同時に、新しい役割は時間の経過とともに進化するでしょうけれども、キーとなるのはイチローがクラブハウスにいることと、我々がゲームで勝つ機会を選手・スタッフと共に増やすことです。これが球団とイチローにとっての最優先事項です。』
『イチローは選手としての実績・個性・ユニークな洞察力・労働倫理によって、クラブハウスの若い選手とベテラン選手の両方に影響を与えています。現時点では、ゲームでプレーしないことを除いて、彼がいま行っていることを変更することは本当にありません。イチローがサインしチームに同化してくれたことが今シーズン役立っていると我々は確信していますし、我々はそれが今後も継続することを望んでいます。』
『この合意は2018年シーズンのみをカバーしたものですが、我々のゴールはイチローに長期間シアトル・オーガニゼーションのメンバーでいてもらうことです。彼の役割が2018年シーズンを超えて進化するとき、2019年以降にそれがチームとイチローに一番合っていることを教えてくれることになるでしょう。』」という趣旨のことでした。

「イチロー選手の日米プロ野球界での特筆される戦歴」にあたる部分に書かれていたことについては「周知の事実」ですから省略しますけれども、
このプレスリリースを読むと「上にあるディポトGMの発言を受けた記者会見でイチロー選手が『感謝の言葉』を述べたのは当然」と思えるぐらい、球団側の特別の配慮が浮かび上がってきますので、
この投稿では、GMの記者会見内容をめぐって、「『先輩メジャーリーガーの現役引退後の処遇』との比較」と「『ダライ・ラマ法王への例え』の意味するもの」との2点について、書き残しておきたいと思います。

「先輩メジャーリーガーの現役引退後の処遇」との比較

というのも、私には(イチロー選手がマリナーズ球団に移籍する4年前の)1997年3月にマイクロソフト本社などの視察でシアトルを訪れる機会があって、私は視察前日に一人別行動で当時ある総合商社のシアトル支店長を務めていた大学の同級生と夕食を共にするなどしましたが、
その際の自家用車を運転してもらっての移動途中に、(現在のセーフコ・フィールドとは異なる)シアトル・マリナーズ球団のホーム球場を右手に見ながら「日本ではあまり知られていないチームだけど、ランデイ・ジョンソンという投手、ケン・グリフィー・ジュニアという外野手、アレックス・ロドリゲスという内野手、とメジャーリーグを代表する選手たちがいる『なかなかの地方都市球団』の球場なんだ」という観光案内があって、
私からは「最初の二人については『すごい選手だ』という知識を持っていたけれども、彼らがシアトルの球団にいるところまでは知らなかった」と答えたことをかなり鮮明に覚えていたため、このとき言及された3選手とイチロー選手との現役引退後の処遇を比較してみたらどうなるか、と考えたことが1点目を書き残す背景にあります。

で、今回ネット上の情報に当たってみると、マイナー降格中に交換トレードでマリナーズに移籍してきたランディ・ジョンソン投手は1998年のシーズンを最後にマリナーズ球団を離れ、交換トレード移籍先のヒューストン・アストロズを経て移籍したアリゾナ・ダイアモンドバックスなどで活躍し、2010年1月にサンフランシスコ・ジャイアンツで現役引退を表明してからは写真家に転じて球界から遠ざかっていましたが、
その5年後の2015年1月6日にアメリカ野球殿堂入りが決定すると、(「メジャーリーガーとして所属した球団」にマリナーズではなくダイアモンドバックスを選んだことで)、同じ日に「ダイアモンドバックスの『球団代表付特別補佐』への就任、と背番号『51』を年内に球団の永久欠番に指定すること」が発表されています。

また、ドラフト1巡目指名でマリナーズに入団したケン・グリフィー・ジュニア外野手は1999年のシーズンまで在籍し、交換トレード移籍先の(父親のケン・グリフィー・シニア外野手が最も長い期間その一員だった)シンシナティ・レッズで活躍した後、交換トレードによる数か月間のシカゴ・ホワイトソックス時代を挟み、2009年に古巣のマリナーズ球団に戻ってきて2010年6月に突然現役引退を表明し、ファンの前に姿を現すことも無く退団してしまいましたが、
8か月後の翌2011年2月には「マリナーズ球団の特別コンサルタントへの就任」が、そしてそれから約4年後の2016年1月6日にアメリカ野球殿堂入りが決定すると、2日後の8日に「背番号『24』を球団の永久欠番に指定すること」が発表されています。

さらに、ドラフト1巡目指名でマリナーズに入団したアレックス・ロドリゲス内野手は2000年のシーズンまで在籍し、FA制度を使って移籍した3年間のテキサス・レンジャース時代を挟み、2004年から交換トレード移籍先のニューヨーク・ヤンキースで活躍していましたが、
2011年以降戦績が下がってくる中で「禁止薬物使用疑惑の発覚による2014年シーズンの全試合出場停止処分の受け入れ」などもあり、
2016年8月にニューヨーク・ヤンキース球団から「自由契約選手化と、球団との契約が残っている翌2017年シーズン終了までの球団特別アドバイザーへの就任」が、そして2018年2月に「(松井秀喜さんが5年間同じ契約を毎年更新してきている)GM付特別アドバイザーへの就任」が発表されています。

ですので、上のような「マリナーズゆかりの3人のメジャーリーガーの現役引退後の処遇」と「5月3日に発表されたイチロー選手の処遇」とを比較してみると、
「『現役引退表明』や『自由契約選手化』を伴わない現役選手のままで『今季の残り試合には出場しないで、チームメートと行動を共にしつつサポーター役を務める』、来季以降は『チームとイチローに一番合っていること』を模索していく」という趣旨の合意がなされていて、早速8月12日には対戦相手のホーム球場で1日限定のコーチとしてベンチ入りをして「先発メンバー表の記入と交換」を任されるなどの新しい体験をさせてもらえているのですから、
イチロー選手の場合は「球団から(野手とコーチを兼務するなど)メジャーリーグ史に残る新しい道を切り開いていくことへの可能性を残した異例の好条件」を提示されていますし、「直後の記者会見で『感謝の言葉』を述べて当然な処遇」になっているように思えます。

「ダライ・ラマ法王への例え」の意味するもの

一方で、自民党単独政権時代に総理秘書官よりずっと高位の現役官僚として内閣官房で総理側近を務められたある方と以前お話をしていたときに、「ダライ・ラマ法王と一度会談したことがあります。(『再会談することにためらいを感じさせられるぐらい』という言葉も添えられていたように記憶していますが)非常に魅力的な方でした」という発言があって私自身がドッキリさせられたことを鮮明に覚えているところから、
ディポトGMのダライ・ラマ法王についての認識は「宗教指導者という範ちゅうに収まらない世界的なリーダーの一人」であって、日本国内で一般的なダライ・ラマ法王についての認識である「チベット仏教の最高指導者」とはだいぶ異なっているのではないか、と考えたことが2点目を書き残す背景にあります。

実際、ネット上にある産経新聞の(住井亨介記者が書かれた)記事には「マリナーズのジェリー・ディポト・ゼネラルマネジャー(GM)は『(イチローは)ダライ・ラマ(チベット仏教最高指導者)のよう。(同僚の選手たちは)山の頂上から発せられる彼の言葉を待っているかのようで、その存在感はとてつもなく大きい』と述べた。」とあるのですが、
「現在のダライ・ラマ(14世)法王が、どのようなお方で、どのような活動をされているのか」についてを「ウィキペディアへの書き込み」などで調べてみると、「(1)幼年期から『活仏』としてチベット仏教の教義だけでなく討論技術や一般教養などを授けられながら成長した。(2)ところが、1951年にチベットが中華人民共和国に併合されると『チベット人による自治権の取り上げ』や『チベット仏教の弾圧』などが起き、1959年に『(人が往来するルートも無いヒマラヤの高山地帯での)命がけの逃避行』を経てインド北部のダラムサラにチベット亡命政府を樹立し、『チベット仏教の最高指導者』兼『亡命・非亡命チベット人の政治指導者』となった。(3)その後、世界各地で様々な活動を展開する中で、1989年にはノーベル平和賞を受賞し、2007年には(もらえる人がほんの僅かという)アメリカ合衆国議会黄金勲章の受章者となった。(4)中国政府と中国政府を支持する人々からの妨害活動は中国の国力増強を背景として年々激しさを増しているものの、アメリカ合衆国内では高い知名度と『仏教指導者』兼『非暴力平和活動家』として良いイメージを依然維持している」という表現で総括できそうですから、
アメリカ西海岸地区の住民の一人でもあるディポトGMの心の中には「一般的な日本国民よりもずっと強いダライ・ラマ法王についての認識」が存在していて、記者会見の場で「イチロー選手をダライ・ラマ法王に例える発言」が飛び出したものと推測されます。

他方、ネット上にはスポーツジャーナリストの川口勝男さんが2018年5月17日付で書かれた「『ヨコヅナ』から『ダライ・ラマ』へ:イチロー『メジャー18年』の有為転変」と題する記事があって、「(1)2001年にシアトル・マリナーズに移籍してきたイチロー選手は、偉大な戦績を上げながらもチームメートから距離を置かれるなど、孤高のスーパースターだった。(2)ところが、2009年に憧れの存在だったケン・グリフィー・ジュニア外野手が古巣のマリナーズへ復帰してきたことで、同選手の生き方を学ぶなどしているうちに、『険』が取れてきた。(3)2012年にトレード移籍したニューヨーク・ヤンキースでは並み居るスター選手たちの振る舞いにカルチャーショックを受けるなどした。(4)2015年にマイアミ・マーリンズに移籍後は、自分を憧れの対象視してくれる若い同僚選手たちの中から『とにかく彼のすべてを吸収したい』という声が上がるほどの存在に変化していた。」と「イチロー選手が『みんなが教えを請いにいく存在』に変化した背景」を分かりやすく解説されていますが、
こういった解説記事に触れると「以前『試合終了後のクラブハウスで、次の試合に備えて、時間をかけて黙々と自分が使う道具の手入れにいそしんでいる』と報じられていたイチロー選手」が「一人のスーパースター」から「若い同僚選手たちに良い影響を与えるベテランスーパースター」に変身してきていた、という「例えられる側の変化要因」があってのこととも思われます。

いろいろなメディアが報じているように「『残した戦績』と『球団への貢献度』と『現役引退後5年目から可能性が生じる(メジャーリーガーとして所属した球団にマリナーズを選んでの)アメリカ野球殿堂入りへの期待』から『異例の好条件での処遇』が提示された」というのが本筋の部分なのでしょうけれども、
少なくともディポトGMが記者会見で「現役メジャーリーガーのイチロー選手を『マハトマ・ガンジーさんやネルソン・マンデラさんやキング牧師クラスの非暴力平和活動家であるダライ・ラマ法王』に例える」という異例の発言をされたところから推測すると、
「フロント入りしたイチロー選手は、変身中に身に着けた様々な力を生かして『新しい役割』を果たしていくことで、今後も球団内で敬意を払われ続けることになる」と考えた方がより良いのではないでしょうか。

祈りたい「新しい道」の切り開き

私には日本のプロ野球で大活躍された選手の方々の中で「マサカリ投法」の村田兆治投手、巨人軍監督をされた堀内恒夫投手、攻撃的2番打者の先駆けだった豊田泰光内野手の講演を各々に拝聴する機会もありましたが、
講演の中で共通して言われていたのは「加齢に伴う身体能力の衰えは新しいシーズンが始まってみないと分からない。投手であれば前シーズンと同じことをやっているのに打者を打ち取れなくなる。打者であれば前シーズンならホームランになった打球が外野フェンス手前5~6メートルのところまでしか飛ばなくなる。その繰り返しの中で現役引退を決意するときを迎えることになる」ということでした。

イチロー選手の場合、「加齢に伴う身体能力の衰えを、出場機会が増えた今シーズンの戦績から、かなり分かってきていた」ところに球団側から特別の配慮含みの提案があって、
それを「感謝の言葉」を添えて受け入れることができたのは本当に幸いなことだったのではないでしょうか。

イチロー選手が「シーズン200本安打」を継続中のあるとき、東京都内で上に記した大学同級生のシアトル支店長が帰国中だったので食事を共にしていたところ、「この間、シアトルでゴルフの打ちっぱなしに行ったら、イチロー選手がすぐそばで練習していた。(イチロー選手がプロ入りのときから在籍していた)オリックス球団は自分の故郷のチームだから声がけしようかとも思ったけれど、(有名人の私的な時間に割り込むのは)アメリカ社会ではマナーに反することだから自粛してしまった」という発言がありました。

イチロー選手には、(生計を維持するためだけを目的として日本球界に復帰することなく)現役兼務の可能性をも模索しながら、「有名人であることからのわずらわしさ」が少ないアメリカで、新しい道を切り開いていかれると良いな、と強く願っています。

(投稿日:2018/05/28  更新日:2020/06/05)

◀前のページ 3.「被災体験記ノート」