柿澤弘治議員の「3時間18か所の『新年会』参加」

忘新年会

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もくじ

「新年会シーズン」なので柿澤事務所での打ち合わせに

テレビ番組の中で忘年会と新年会の映像が流される度に思い出される状況があります。
中選挙区時代の東京6区(墨田区、江東区、荒川区)で連続当選を重ね始め、初めて環境政務次官として内閣の一員となられた柿澤弘治代議士を、1984年の1月に墨田区の錦糸町駅前近くの裏通りに置かれた地元事務所にお訪ねした時の出来事です。

政策集団としての提言をまとめる上で「この部分は柿澤代議士のご意見を十分に反映させたるべきだ」と考え、
前年の12月に環境庁の政務次官室で「文章化していただく必要はありませんが、後日、『お考え』をお聞かせください」とお願いをし、年が明けてから「お考え」を伺うために議員会館の柿澤代議士事務所にアポ取りのお電話を入れたところ、
秘書さんから「申し訳ありませんが『新年会シーズン』でスケジュールがタイトになっているので、地元事務所で午後4時30分にお目にかかります」という返事があったことによるものです。

平均10分ペースの「新年会への飲食抜き参加」

そして、約束の日時に地元事務所へお伺いするとほぼ定刻に柿澤代議士が事務所に戻って来られて「地元事務所での引見」についてお詫びの言葉を述べられた上で、
当日の夜の「(A4の紙に『会場入り予定時間』や『会合名』や『会場名』などが書かれた一覧表形式の)新年会参加予定表」を背広の胸ポケットから取り出してお見せになり、
「今夜午後6時からこのリストの順に、(移動時間プラス滞在時間が1会場平均10分ペースとなる)3時間で18か所の『新年会』に参加するんです。会場間を自動車で移動するケースはゼロだからこういうことも可能なのですが、自宅が選挙区内にあれば『秘書の代理出席でなく本人の出席を』と希望されるし自分自身も出席したいしで、こういった毎日が続いています。『新年会への参加』が有意義であることは事実だけれども、この時間を別のことに使えない分だけ『東京都23区内選出の代議士は首相になる難易度が高い』ということでもありますね。」
というお話がまずありました。

次いで、「という事情で今日は地元事務所での打ち合わせにさせてもらいましたが、『私自身は飲食抜きで18か所の新年会への参加』になりますので腹ごしらえのために出前の『鍋焼きうどん』を取り寄せます。よろしかったら、少し早い夕食になりますけれど、ご一緒に食事をとりながらでいかがですか」
という問いかけがあって、「『鍋焼きうどん』夕食会を兼ねた『お考え』を伺う打ち合わせ会」という想定外の体験をさせてもらうこととなりました。

「政治家の劣化」と「生活を守るための自助努力」

また、私にとって国会議員の方の地元事務所訪問はこのときが初めての機会だったのですが、
柿澤代議士の地元事務所は文系と理系の素晴らしいお二人の秘書さんたちが中核になって運営されていることが分かりましたし、
この日のすぐ後から送られてくるようになった後援会の機関紙で「柿澤代議士の日常活動のハイライト」をかなり詳細に把握できるようにもなりました。

すると、「数多くの新年会への参加」だけでなく、
江東区の富岡八幡宮でお神輿を担がれたり、各地区での盆踊りに参加されたり、
墨田区の両国国技館で(松本伊代さんだったと記憶していますが)演歌系ではない歌手の方のライブショー付の後援会総会を開催されたり、
あまりお金をかけずにものすごい量の日常活動を積み重ねてこられていることがよく分かりました。

まさに「ご奮闘の日々」の連続ですから、「すごい方だな」と思わされると同時に、
「(大蔵省キャリア組OBの中では際立って人柄が良く、官房長官秘書官として内政外交全般を俯瞰できたところから政策形成能力も高く、6か月間の外交官訓練合宿を経験されていますので外国人の方を含むパーティで通訳を入れずに会話をされている)柿澤代議士から『日常活動に費やす時間』を減量させることができたら、どれだけ国益に役立つ活躍の日々が増えるのだろか」
という複雑な感想も抱かされました。

この頃からだいぶ時間が経ち、選挙制度も小選挙区制に変わり、
「『国会議員としての適性・能力』に疑問符が付く人たちが少なからず当選するようになり、その中で次の選挙で再当選できた人たちも本心では取り組みたくない日常活動を継続し続けることに疲れ、一部の人を除いて寸暇を惜しんでの勉強をしない。その結果、国会議員全体での『産業・経済・社会をより良い方向に変えるためにどうすべきか』を考えるマインドは以前より低下しているのではないか」
という心証をいまの私は得ています。

ただ、「政治家の劣化」を指摘することは簡単ですが、それだけではご自身とご家族の現在と将来の生活を守る上で何の助けにもなりません。
「(「自助防災への努力」などはまさにその一つにあたりますけれども)、ご自身とご家族の生活を守っていくために自らの努力を可能な範囲で強めていかれる覚悟と行動が必要な時代に移行した」と私は考えています。

(投稿日:2018/01/12  更新日:2020/06/05)

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