身をもって知った自主防災の大切さ

自宅での停電と通信の不調

被災当日の場合

自宅マンションで停電が終わったのは3月13日(被災から3日目、日曜日)の18時30分で、エレベーターが回復したのは3月14日(被災から4日目、月曜日)の日中でした。

その間、
3月11日(被災当日、金曜日)は
自宅玄関前の廊下に会社から持ち帰ったカバンと紙袋を置いて、靴脱ぎスペース上に左右上方から落下していた品々を取り除くところから、居住スペースを確保する作業を始めました。

いま振り返ると被災時のイメージトレーニングが不足していたからなのですが、自宅玄関部での防災態勢は全く不十分で、
玄関の内側すぐに「非常用の懐中電灯」は置いてありませんでしたから帰宅がもう少し遅く暗い時間になっていればそこでの散乱物取り除き作業はできなかったでしょうし、
一緒に「防護手袋」も置いてありませんでしたからガラス片や陶器片で怪我をして作業中止に追い込まれる可能性すらあった
ものと思っています。

一方、「スリッパ」だけは安全度の高いものが玄関を入ってすぐのところに置いてありましたので、足の怪我の危険性に怯えることなく室内の状況把握にすぐ取り掛かれました。

「いろいろなものが動き、落下し、散乱物は平均すると30cmぐらいの厚さで堆積している」という状況は見た人でないとイメージできない類のものだと思っていますけれども、
いずれにしても「所定のところにあるはずのものが、落下して、散乱物の下のどこかにあるはず」という事態は徐々に解消させていかなければなりませんから、
まず最初に(当然のことながら停電中でテレビを見ることができない際の代替え手段として)大地震についての続報を得るために「乾電池式ラジオ」の探し出しを試みましたが、発見には至りませんでした。

そこで、「震災情報は明日会社へ向かう車中で聞けるはずだから、出社できる体力の保持に努めよう」と発想を切り替え、「殺菌消毒綿」と「紙食器・プラ食器」と停電で庫内温度が上昇中の冷蔵庫内にあるものの中で「食べても大丈夫そうな食品」を使って夕食をとった後、
だんだん周りが暗くなってきたのでリビングの壁にきつく固定してあった「非常用の懐中電灯」を使ってベッドの片側だけを片付けて寝場所を確保し、(「寝袋」や「防災用アルミシート」もありましたけれどもそれらは使わずに)、仮眠をとりました。

内外の落下・散乱物に妨げられていて「クロゼットの扉」を開けることは不可能な状況でしたので、暖房の無い部屋でパジャマもまとわずにベッドへもぐり込み、
「寒さに耐えられなかったら結構気になるガサゴソ音が出る防災用アルミシートも使いましょう」と考えていましたが、
疲れていたせいか、あるいはコンクリート内に蓄積されていた暖気に助けられてか、2~3時間程度の仮眠時間を確保することができました。

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被災から2日目の場合」へ

被災から2日目の場合

翌3月12日(被災から2日目、土曜日)には、
「よく言われるように玄関を入ってすぐのところに『乾電池式ラジオなどを入れた避難用リュック』を置いておくべきだった」とか「『LEDヘッドライト』を用意してあったら昨晩の片付け作業がもっとはかどったのに」などと、出社してくれた人たちの装備を目にして、反省しながら会社から戻った自宅で、
堆積した散乱物の下に危険なものがないかを調べながらやっと探し出した「乾電池式ラジオ」で時折ニュースを聴きながら、
地元紙と共に帰宅時には届いていた「毎日新聞」の(後に2011年度の新聞協会賞を受賞することとなる)手塚耕一郎カメラマンが撮影した一連の津波襲来時の写真と関連記事を読んだ後、
かねて用意していたケブラー繊維を使った「防護手袋」をはめて危険過ぎる破損した食器類をビニール袋に分別し、キッチン部分に安全に入れる態勢をつくりました。

また、その後には、各種電気製品の小さなパイロットランプが一つも点灯していないというある種不思議な真っ暗闇の中で、「非常用の懐中電灯」をテーブル・デスク上に横置きにして、夕食をとったり散乱物の整理を続けました。
個人的には「寒さ」と「暗さ」でこの日の夜が被災後最もつらい時間帯になっていたものと考えています。

なお、厳しい回線規制がかけられている中でしたが、この日の午後には首都圏から携帯電話が1本かかってきました。

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被災から3日目の場合」へ

被災から3日目の場合

被災から3日目の3月13日(日曜日)には、
会社から自宅に戻ると同時ぐらいのタイミングで、
首都圏からのものを含めて何本かの携帯電話がかかってきて、
その中に「会社のある地域一帯で電力供給が再開されて『停電』が終わり、サーバーが使えるようになったので、明朝から会社には電話やメールが殺到するものと思われます」という連絡があったところから、
「3月11日(被災当日、金曜日)までの出勤態勢にできるだけ戻そう」と
前日から使い始めた「防護手袋」をはめて
最低限の室内整理に取り組みました。

そのような状況下で
18時30分に電気の供給が再開されると電話とFAXが自宅にたくさん届くようになりましたが、
「電話があっても(堆積した散乱物の中に飛び飛びに確保した立っていられるスペースの一つから別のスペースに身を移すことはかなり大変なことで)散乱物を整理中の場所から『FAX兼用電話機』のある場所まですぐ移動できない」、「FAXがあっても落下した『FAX兼用電話機』は壊れて印字できずメッセージ内容が分からない」、
という状況でしたので、
受信記録から翌日会社で「名簿管理ソフト」を使って発信者名を調べ、お礼の電話を入れました。

なお、通電したことで、室内に明るさが戻り、暖房が使えるようになり、テレビの映像も初めて見られるようになったのですが、
堆積した散乱物を片づけることの方が優先度の高い事柄でしたので「映像を食い入るように見る」心境にはとてもなれず、
一般的には「浜の方の人たち」と言うのですけれども「三陸沿岸の市町村で暮らす数多くの親類縁者の方々」のお顔を思い浮かべながら
「どうか逃げていてください。生き延びていてください」
と念じつつ室内整理に取り組んでいました。

 

 

 

 

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