身をもって知った自主防災の大切さ

コミュニティへの参加

人口比で読む二大震災被害

人口比で読む二大震災被害」に記したように、
阪神・淡路大震災では「死者・行方不明・負傷者数の人口比が、兵庫県で県民119人に一人、神戸市で市民79人に一人」「ピーク時避難者数の人口比が、兵庫県で県民17人に一人、神戸市で市民6人に一人」、
東日本大震災では「(宮城県全体での負傷者数は6年経った今でも『不明』ですので)死者・行方不明者数に限定しての人口比が、宮城県で県民200人に一人、仙台市で市民1,121人に一人」「ピーク時避難者数の人口比が、宮城県で県民7人に一人、仙台市で市民10人に一人」
でした。

が、今回の大震災では私自身が、
「宮城県内で死者・行方不明者数の人口比が県民200人に一人」という事態を受けて親類縁者の中に広がった悲しみと衝撃をまざまざと知らされましたし、
「仙台市でピーク時避難者数の人口比が市民10人に一人」という状況をめぐっては市内の様子を垣間見る機会もあっただけに
「非日常の社会が突然出現することもあるのだ」という現実を強烈に知らされました。

予測される巨大地震の被害想定」へ

予測される巨大地震の被害想定

一方、「首都直下地震などについての被害想定」に記したように、
東京都が公表している四つのタイプの地震想定では
「(発災時に都内滞在中の方々を含めた)ピーク時避難者数の人口比が都民4人~16人に一人、そのうち『東京湾北部地震』『多摩直下地震』『元禄型関東地震』については都民4人~5人に一人」
「早朝の地震発生でなければ『立川断層帯地震』も含めて(発災時に都内滞在中の方々を含めた)帰宅困難者数の人口比が都民3人に一人」
と読める数字などを掲げています。

また、「南海トラフ地震についての被害想定」に記したように、
内閣府が公表している四つのケースの地震想定では
「避難者総数の人口比が(北海道と東北6県を除く40の)都府県民12人~26人に一人」
「帰宅困難者数の人口比が、中京都市圏では3県民10人~11人に一人、京阪神都市圏では2府4県民8人~9人に一人」
と読める数字などを掲げています。

減災対策としての『コミュニティへの参加』」へ

減災対策としての「コミュニティへの参加」

このように比較してみると、予測される巨大地震では全体像の数字が阪神・淡路大震災と東日本大震災で最も甚大な被害を受けた県・市のそれらと同等かそれ以上のものになっています。

ということは、幸いに怪我などをしないで済んだ多数派の方々にとっても
「大混乱の中でその場をしのぎ、自宅と職場で後片づけをし、日常生活に戻っていく」
という(物質的な面だけに限っても数か月間以上を要する)かなり大変な日々が待っていることを意味するのだろうと思うのですが、
その大変さを減らす対策の一つとして「コミュニティへの参加」が多くの防災資料・書籍の中で挙げられています。

『コミュニティへの参加』の意義」へ

「コミュニティへの参加」の意義

東日本大震災のときのことを振り返ると、テレビで放映された津波被災地域での数多くの救出劇と同様に、
もし周りに「倒壊した建物の下敷きになった人や大怪我をした人」がいたり「姿は見えないけれどもあの家には要支援の人がいるはず」と分かっていたら、(海溝型地震だったのでそのような事態にはなりませんでしたが、きっと)多くの人がその人たちの救出にベストを尽くしていたことでしょう。

ですが、(仙台市は「昭和53年宮城県沖地震」で被災経験をした人々がそれなりの割合で居住し続けている地域なのに)、「災害時の対処方法」についての普及・啓蒙が十分になされていたとはとても思えませんでしたから、
「その時の対処方法が与えられた条件の中でベストなものとなっていたか」については疑問が残るところです。

また、Google+への投稿記事「『東京23区役所防災ページ群』の充実度比較」に記したように、2016年の1月下旬から2月中旬段階の私調べで「防災対策を軽視しているのではないか」と疑われても仕方がないような区役所が東京23区内に複数あることが分かって愕然とさせられたのですけれども、
それらの自治体からのものであるにしても、「『なにがしかの助言』を含む自治体の方針」の多くはそしゃくされて町内会などコミュニティに伝わってくるのですから、「コミュニティ経由で伝えられた情報にはしっかり目を通す」など、コミュニティ活動への参加については可能な範囲で最大限の対応をなされる価値があるものと思います。

「コミュニティでの助け合いの仕組みづくり」については、「総務省消防庁の自主防災組織の手引(リンク先:総務省消防庁『地震などの災害に備えて[自主防災組織の手引]』)
のご参照をお勧めいたします。

 

 

 

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